心が叫ぶ

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「……本当に局まで送らなくてもいいの?」  病院の正面玄関。歩いて帰るという一司を牧野は気遣った。 「歩いて十分ほどなので大丈夫です……さっきは取り乱して、すみませんでした」  怜への母親への行為を反省して、頭を下げた。 「いいのよ。私も本当はあれぐらい彼女に言いたかった……」  牧野も相当参っているのだろう。疲れ切った表情をしていた。 「……怜のことも、すみません」 「……どうして大槻さんが謝るの?」  沈んだ声で詫びると、優しい笑みが返ってきた。 「だって……俺が昨日、怜のことを察して、もっと話を聞き出しておけば、こんな事にはならなかった……っ!」  時間を巻き戻したいほど後悔したのは、はじめてだった。 『あいつ』の存在を示唆しておきながら、誤魔化す怜をしっかり捕まえておくべきだった。  実際、怜も限界だったはずだ。あれは一司に向けたSOSだったのだ。真摯に受け止めるべきだった。一司は俯いて唇を強く噛んだ。 「大槻さんのせいじゃないわ!」  一司の自責を感じ取ったのだろう。牧野は首を大きく横に振った。 「大丈夫……怜くんはきっと大丈夫。だって大槻さんとまたサッカーしたいって必ず思っているもの。だから、怜くんの回復を信じて待ちましょう……ね?」  黙る一司に彼女は続ける。 「大槻さん、怜くんを想ってくれてありがとう……」  真っ直ぐな感謝に一司の心は更に苦しくなった。ありがとうなんて言葉は自分にはいらない。受け取ってはいけないからだ。その事実が痛いほど沁みた。  牧野と別れて局に戻ったのは午後三時前だった。昼休憩からの無断外出だ。一ノ瀬からお叱りを覚悟したが、彼女は何も言わなかった。どうやら牧野が電話で事情を説明してくれたようだ。彼女は席に着いた一司に言った。 「お疲れ様……ありがとう」と。  ますます苦しくなった。耳で聞きながらも、心は頑なに感謝を拒否した。
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