心が叫ぶ

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 残業を終え、局を出たのは夜九時半を過ぎていた。  秋の夜風が吹きつける大通り沿いの歩道を、一司は力ない足取りで歩いていた。心身ともに疲弊しきっていた。擦れ違う人と何度もぶつかりそうになった。 (同じ……か)  病院での一部始終が脳裏を駆けた。  怒りが抑えられなかった。怜の母親が許せなかった。心底憎かった。暴走する感情のまま拳を振り上げる一司に牧野は言った。『同じ暴力』……と。  言う通りだった。そして痛感した。自分には怜の母親も、その恋人も責める資格はないのだ。暴力を振るう『同じ』人間だったからだ。  万里子のことも橘結人のことも、全部暴力だ。  改心したつもりで日々過ごしていても、反省したと口にしても、犯した罪は消えない。過ちは歴然と残っている。どの立場で、虐待を非難出来るのか。どの面を下げて正義感を振り翳せるのか。 (ああ、俺は……こんなにも汚い)  足は止まった。自分の醜さを嫌というほど知り、視界は一気に滲んだ。 「っ……くそ、くそぉぉっ……!」  一司は膝から崩れ落ちた。アスファルトの地面に蹲った。瞳から滂沱の涙が溢れた。もう止まらなかった。  怜を守れなかったこと。過去に犯した愚かな行為。その全部が、大きな後悔となって押し寄せた。胸を掻きむしりたいほど、心は慟哭した。  それなのに一司は求めてしまう。  神谷という心安らぐ存在に甘えてしまう。真っ直ぐに生きる彼は眩しい。一司には綺麗過ぎた。汚してはいけないのだ。隣にいてはいけないのだ。恋心を自覚しても、心を苦しめる正体はそれだ。濁り切った自分に、彼を好きになる資格はないのだ。 「神谷……っ、神谷っ……!」  どうしたらいい。  会いたい。でも会えない。乞うように名前を呼んだ。人の目など気にせずに、一司は嗚咽をあげて泣き続けた。その時だった。スマートフォンが鳴った。はっと、我に返ってジャケットから端末を取り出した。届いたのは神谷からアプリトークだった。 『かずちゃんに、会いたい。今夜来ない?』とあった。
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