心が叫ぶ

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「バカ野郎……」  涙声で呟いた。  どうして今、それを言うのか。会いたくなってしまう。優しさを求めてしまう。しかし出来ない。けじめをつける時だ。一司は決断した。神谷のことを思えば、それが一番いい。画面の上で指先を動かす。『今から行く』と打ち、立ち上がった。  神谷の住むマンションは最寄駅から徒歩十分のところにある。『idea』からも遠くない。コンクリートの建造物を一司は見上げた。  地上十四階建。よくある普通の賃貸マンションで、神谷が借りるのは七階の角部屋だ。  今まで何度、ここに足を運んだだろう。  その度に、手料理をご馳走になり、数えきれないほどの快楽を共有した。与えられる事に慣れ、当たり前となっていた。傲慢だった。一司は今日までのことを振り返りながら正面エントランスを抜ける。今夜が最後だと心に決めた。 「――かずちゃん、いらっしゃい!」  インターホンを鳴らすと、扉はすぐに開いた。 「……おう」  満面の笑みで出迎える神谷に素っ気無い声で返した。そのまま靴を脱ぎ、短い廊下を進んでリビングへと向かうと……。 「かずちゃん……すっごく会いたかった」  背後からぎゅうっと抱き締められた。 「っ……」  戸惑いながらも、一司は背中から伝わる温もりに身を委ねた。 「あら、いつもなら暑苦しいとか言って嫌がるのに、今日は大人しいのね」 「……疲れてんだよ」 「……かずちゃん?」  力なく項垂れる一司を不思議がったのだろう。抱擁が解かれた。
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