心が叫ぶ

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「かずちゃん、ごめんな。そうだよな……ストレートなんだから俺なんて気持ち悪いよな」 「っ……そこまで言ってない!」  自虐的な言葉を一司は身体を震わせて否定した。しかし、神谷は首を振った。 「……日曜日、精一杯父親してこいよ。子供たちと思う存分、遊んであげたらいい。俺との事は全部忘れていいから」 「神谷、違うんだ……俺はっ」  忘れたくない――。 「ごめん、かずちゃん……もう帰ってくれる?」 「っ……!」  拒絶をしたのは自分だ。それなのに心が冷えた。 固まる一司に神谷は苦しい顔で今の気持ちを明かした。 「そうじゃないと俺、かずちゃんに酷い事をしそうだ。でも、それだけはしたくないから……」  彼は前髪をクシャリと掴んだ。声と同じく、その手は酷く震えていた。  これ以上、何も話すことはない。二人の心に深い傷を残して、関係は終わったのだ。 「……わかった」  これでいい。静かに告げた。神谷の横を通り過ぎて玄関へと戻った。  もう、ここに来ることはないだろう。靴を履きドアを開けた時だ。背後から足音が聞こえたかと思うと、強い力で肩を掴まれた。 「んっ……っ!」  振り向いた瞬間に訪れたのは、全てを攫うような口づけだった。  瞳いっぱいに神谷の顔が映った。合わさった唇から激しい感情が全部伝わった。そんな口付けは、数秒で解かれた。 「か、神っ……!」  名前を呼ぶ前に一司の背は押された。身体はドアの向こうへと押し出された。 「かずちゃん、バイバイ。今までありがとう……」  扉が閉まる直前、神谷は言った。 「っ……!」  振り返る前に鍵がかかった。金属音が虚しく反響した。一司は半ば放心状態でマンションを後にした。 神谷を失った喪失感は想像以上に心を苛んだ。それでも涙は出なかった。泣けなかった。泣いてもどうにもならないからだ。 (……終わっちまった)  違う。自分で終わらせたのだ。一司は星の見えない空を悲しげ仰いだ。
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