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選んだ水族館は、世界一高いとされる巨大電波塔のエリア内にあった。
十年ほど前に竣工されたこの鉄塔。水族館のほかにプラネタリウムなどの観光施設、複合商業施設やオフィスビルも併設されている。人気の観光スポットで、日本人だけでなく外国人観光客も多く訪れる。
休日ということもあり、今日は特に人が多いようだ。オープン前の水族館の入り口には長い行列が出来ていた。この列は当日券専用のようだ。ここじゃない。一司はweb予約専門のゲートを探した。周囲を見渡しながら歩いていると……。
「あっ……パパ!」
智史の声が耳に入った。
「ほんとだ! パパー、こっちよー!」
続いて陽菜が呼んだ。
視線を正面に向けると、喜び顔で駆けてくる子供たちの姿があった。二人は一司に飛び込む勢いで、腰に抱き付いてきた。
「っと……危ねぇな!」
二人分の体重を受け止めるため、足腰に力を入れた。
「もう、パパったら遅い~」
一司を見上げながら陽菜は口を尖らせた。智史も同じ顔でむくれている。
「遅いって、十分前にちゃんと来ただろ」
拗ねる息子と娘の頭を撫でた。柔らかな髪に頬を緩めていると、ヒールの足音とともに人の気配を察した。
「……二人とも、早くパパに会いたいって言うから、先に来てしまったの。ごめんなさい」
ゆったりとしたソプラノ調の声に一司の緊張は高まった。
「……万里子」
恐々と元妻の名を呼んだ。頬の引き攣りを感じた。
「……一司さん、お久し振りです」
一方、万里子は静かに微笑み、深々とお辞儀をした。
ベージュのワンピースに白のカーディガン。相変わらずお嬢様のような出で立ちだ。ヘアスタイルも変わらない。肩まで伸びた黒髪のストレートが動作に合わせて揺れた。ひとつ変わったのは顔色だ。前のように青白くない。健康そうだ。約十か月振りに合う彼女は、綺麗だった。
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