愛を知る

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「……久し振り。えっと、その……元気だったか?」  どの口が言う。けれど、そんな言葉しか思い浮かばなかった。 「ええ、ご覧の通りです。一司さんは……少し痩せられたみたいだけど」  万里子も緊張しているのだろう。目線は伏せられたままだった。 「……最近、仕事が忙しいからな」  実際、離婚してから体重は五キロほど減った。 「……そうですか。大事になさってくださいね」  ここで視線が合わさった。義理ではなく本心なのだろう。彼女の瞳は心配そうに揺れていた。  暴力を振るってきた人間に気遣いは必要ない。一司は問い返した。 「俺より、万里子の体調は……どうなんだ?」  意外な言葉だったのだろう。万里子は微かに目を見開いた。 「……精神安定剤を飲んでから、順調です」 「……そうか。それならよかった」  頷いた。ここで会話は止まった。気まずい雰囲気が漂った。それを察したのか、智史と陽菜が割って入ってきた。 「パパもママも、もっと笑ってよ。せっかくなんだから楽しもうよ!」  智史が一司の手を掴んで左右に振った。 「早く入ろう! 私、ペンギンさんが見たい」  もう片方の手は陽菜が握った。間に挟まれた一司は助けを求めるようにして万里子の顔を窺った。 「ふふっ、そうね。入りましょうか」 「……そうだな」  笑いあった。自然と出たのだ。子供たちのおかげだろう。和やかな空気となったところで智史がゲートへと突進した。 「よーし、行こうぜ!」 「わーい!」  陽菜もそれを追い掛ける。 「こら、二人とも走らないの……!」  それを追うのは万里子だ。    三人の後姿を見つめながら、一司はここにいない男を思った、彼は言った。精一杯父親をしてこいと。全部忘れていいと。 (……考えるな)  悲しみが込み上げるまえに残像を消した。今、自分は父親だ。一司はゲートを抜けた。
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