許されるのならば

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「いい加減、目を覚ませよ。怒るぞ……」  頭に包帯を何重にも巻かれ、酸素チューブに繋がれ点滴を受ける怜の姿は見ていて痛々しい。このまま意識が戻らないんじゃないか……。一司は時折そんな黒い不安に襲われる。 (俺が諦めてどうする……)  希望を捨てるなと律した。 「……タイピン、見つけてくれてありがとな。嬉しかった」  濃紺生地に白いストライプ柄が入ったネクタイには、あのシルバーのタイピンを留めていた。一司の大切な物だからと言って怜は届けてくれた。 これには神谷の想いと、怜の真心も詰まっている。 「……そうだよ。大切な物だ」  怜の小さな手を優しく握った。  温もりがある。ちゃんと生きている。生きようとしている。それをしかと確認して、一司は椅子から腰を上げた。午後からはセンターに行くことになっていた。虐待対策のリーフレットの予定が大きく変わり、当初予定していた区より配布が拡大したのだ。その打ち合わせが午後一時から始まる。 「じゃあ、また明日来るからな……」  瞳を閉じる怜へと約束を交わした。  センターに到着した一司は応接室へと通された。  向かい合わせに座る田辺は終始、不機嫌面だった。その隣には牧野もいた。一司は二人にリーフレットの最終確認と取った上で、局から各地に点在する児童相談所に必要部数を発送すると説明した。要は、中央であるこのセンターを通さずに送り付けるという意味だ。  それが気に食わなかったのだろう。田辺が口を開いた。 「だったら、今日の打ち合わせも必要ないだろう。どうせ私は次の人事で、副所長を降りるだろうからね」  投げやりな態度だった。怜のことがあってもこれだ。責任すら感じてないのだろう。
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