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(この、クソジジイ……)
喉まで出かかった言葉を一司はグッと飲み込んだ。下らない言い合いをしても無意味だからだ。
「……お言葉ですけど、田辺副所長」
苛立ちを抑えたところで牧野の声が上がった。どうやら意見があるようだ。
「なんだね?」
そんな彼女に、田辺は鬱陶しげに顔を顰めた。
「今回、調査の段階で怜くんの件は見抜けなかった。調査班を取り仕切るのは副所長をはじめとする上層部ですよね。私たちの緊急性をないがしろにした結果がこれです。人事など、正直どうでもいいのです。ただ言えるのは今、この瞬間も税金が動いて貴方の給与に反映しています。だったらその分はきっちり働いてくださいね」
柔らかな笑顔を浮かべる牧野だが、言葉には鋭さがあった。
「……っぐ」
田辺は何も言い返せないようだ。悔しそうに唇を歪めるだけだった。
(いいぞ、もっと言ってやれ……)
牧野の正論にせいせいした。
その後、打ち合わせは滞りなく進み、一司は局へと戻る準備に取り掛かった。田辺は話が終わるとすぐに退室した。
「……大槻さん、ちょっといいかしら?」
鞄を携え、席を立った時だ。牧野が呼びかけた。
「なんでしょう?」
「少しだけプレイルームでお話しない?」
おそらく怜の事だろう。一司はコクリと頷いて彼女の後に続いた。
「毎日、怜くんの所行ってくれてるんですってね。ありがとう……」
陽のあたる長い廊下を歩き進めるなか、礼を言われた。
「いえ……」
俯き加減で答えると牧野はクスリと笑った。
「怜くん、意識はなくても喜んでると思うわ」
「……ですかね」
そうだろうか。もしかしたら怜は、助けの声に気付かなかった自分の事を恨んでいるのかもしれない。
自責の念が強く押し寄せたところで、プレイルームに到着した。
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