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「――神谷店長、こっちのレイアウトは終わりました」
「ありがとう」
後輩の声に神谷は頷いでブースを確認した。
マネキンに着せるのはトレンドの衣装ばかりだ。組み合わせは問題ない。神谷は次のチェックを行うため、小物を並べるショーケースのコーナーへと移動した。
ここは都が運営する文化施設の大ホールだ。明日から三日間、ここで大規模なファッションイベントが催されるのだ。神谷はその準備に追われていた。
ファッション業界では有名なこのイベント。メンズ、レディス問わず、多くの人気ブランドが出店する。総指揮はエリアマネージャーが執るが、神谷は補佐役を任されていた。売り上げも上げないといけない。責任重大だ。
「店長、これから天気が崩れるみたいですよ」
後輩がスマホを片手にやってきた。
「やだ、ほんと? もういい時間だし、先に帰っていいわよ」
腕時計を確認すると二十二時を過ぎていた。ホールに残っているのはイベントスタッフと、神谷達だけだった。
「いいんですか?」
「あたしもここのチェックが終わったら帰るから大丈夫よ。遅くまでありがとう」
遠慮を見せる後輩に帰宅を促した。
「それじゃあ、お先に失礼します。お疲れ様でした」
彼は言葉に甘えて、深々とお辞儀をしたあとブースを去った。
残った神谷はショーケースを眺めながら小物類をチェックしていく。
「あ……」
途中、ふと声を落とした。一司にプレゼントした同じタイピンが目に入ったのだ。思わず足を止めた。
(……あれから三週間か)
関係の終わりを告げられた、あの夜が過った。神谷は寂しげに視線を落とした。
一司の事はなるべく考えないようにしてきた。それでも駄目だった。ふとした瞬間に、彼の姿や声が鮮明に駆けてくる。
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