許されるのならば

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 神谷の手料理を美味しそうに頬張る姿。優しい言葉かければ、悪態をつきながらも照れた表情浮かべていた。抱き締めて口付けると、安心しきったように瞳を蕩けさす。  再会から半年間。一司とともに過ごしてきた月日がまざまざと甦った。愛しさが込み上げてくる。だが、この気持ちに行き場はない。もう終わったのだ。  あの夜、一司の決断を神谷には止めることが出来なかった。  理由はひとつだ。離婚したとはいえ彼は『父親』だった。家族の存在を示されたら何も言えない。だから神谷は頷いたのだ。 「全く……あたしったら駄目ね。全然吹っ切れてない」  感傷に浸って、息吐くように笑った。  全てチェックを終えたあと、神谷は足早にホールを出た。  後輩の言った通り、黒く不気味な雲に夜空は覆われていた。傘は持っていない。帰宅を急ぐなか、頭上から冷たい雫が次々と落下してきた。降ってきたようだ。 「やだ、急がないと……!」  マンションまであと少しだ。本降りになる前に帰りたいと走った。視界の先にマンションが見える。しかし、距離が近付くにつれ、スピードが落ちた。正面玄関に座り込む人影がそうさせたのだ。  その人影は神谷に気付いたようだ。腰を上げると、雨のなか、一歩一歩近付いてきた。 (嘘……どうして……?)  神谷の足は止まった。目の前に現れたスーツ姿の男に瞠目した。 「……神谷」 「……か、かずちゃん?」  大槻一司だった。彼のネクタイには、あのタイピンがちゃんと留めてあった。
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