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雨脚が強まるなか、一司は驚き顔でいる神谷へと距離を詰めていった。
数メートルほど距離を保ったところで、一司は歩みを止めた。二人はそのまま、暫し無言で見つめ合った。
(ああ、神谷だ……)
会いたかった。久し振りに見た男の姿が瞳に沁みた。同時に強い緊張が駆けた。
心臓は今までにないぐらい煩い鼓動を鳴らしていた。足も身体も震えていた。それでも一司は、どうしても伝えたい事があった。だからやって来たのだ。
一方神谷は、突然現れた一司に戸惑っているようだ。表情が強張っていた。
「……えっと」
伝えたい事はたくさんあるのに、いざ本人を目の前にすると、何から話せばいいのかわからない。目線を逸らしたところで神谷が穏やかな声で尋ねた。
「……かずちゃん、どうしたの?」
「っ……」
いつも変わらない優しい眼差しだった。
(言えよ、俺……)
素直な気持ちから逃げるな。意を決したように神谷へと視線を戻した一司は片手に持っていた、弁当箱の入った袋を差し出した。
「えっ、何?」
「弁当箱……」
「ああ、わざわざ返しに来てくれたのね。別にいいのに……」
どこか寂しそうな笑みを浮かべながら神谷はそれを受け取ると……。
「かずちゃん、ありがとう。雨も降ってるし、気を付けて帰ってね」
関係は終わっている。早々に立ち去ることを神谷は決めたのだろう。
「待てよ……!」
傍を通り過ぎる神谷の腕を一司は咄嗟に掴んだ。
「か、かずちゃん?」
「神谷……俺、どうしてもお前に言いたい事があって……!」
腕を離して真正面から向き合った。
「……言いたい事って?」
更に困惑を強めたのか、神谷は首を傾げた。
一司は深く息を吸い込んでから、震える唇で想いを紡ぎ出した。
「……俺は、最初は、お前が大嫌いで……何で俺が、好き勝手されなきゃならねぇんだって……腹が立ってて……」
ホテルで無理矢理口付けられた、あの最悪の出会いを皮切りに、神谷と過ごした場面が走馬灯のように脳内を駆け巡った。
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