※雨の中の二人

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「バカだな、かずちゃん。本当にバカだ……汚したくないとか、触れちゃいけないとか、資格とか、人を愛するのに、そんな余計なことは考えなくてもいいんだよ」 「……っ!」  耳元で囁かれた科白に、悲しみで死にかけた心が生き返りはじめる。 「かずちゃんが思ってるほど、俺は綺麗でも何でもない。俺からしたら、今のかずちゃんの方が綺麗な心をしてる。純粋で素直で、優しい……人をちゃんと思いやってる」 「っぐ……っうっ……っ」  そんなことはない。そう言いたいのに嗚咽が邪魔をして言葉が出ない。泣きじゃくる一司を、神谷は更に強く抱き込んだ。撓る背に逞しい腕がしっかりと巻き付いた。 「ありがと、かずちゃん。こんな俺を愛してくれて、ちゃんと心で受け止めてくれて、ありがとう。ここまで悩ませて苦しませて、ごめんな。気付かなくて……ごめんな」 「っうっ……っう!」  感謝と謝罪を伝えたいのはこっちだ。神谷が口にする必要なんてない。全部、自分が言うべきことだ。それなのに、この男はどこまでも優しく、無償の愛で一司を包み込む。 「かずちゃん、凄く好きだ。全部好きだよ……」 「――っ!」  決別した夜と同じ愛をくれた。一司の胸は切ないくらいに熱くなった。 止まない冷雨のなか、街中で男二人が抱き合っている。誰かが通り過ぎる度に物珍しそうな視線を感じた。  けれど、そんな事は、もうどうでもよかった。 「俺も、神谷の全部が、好きだ……」  溢れる愛のまま、一司は神谷の背に回した腕に力を込めた。   「んっ……ふっ、んんっ」  薄暗い寝室に一司の切ない息遣いが響く。  気持ちを確かめ合った二人はすぐに部屋へと移動した。玄関の扉を開けるや否や、一司は神谷からの激しい口づけを受けながら寝室へと連れて行かれ、ベッドに押し倒された。  全身ずぶ濡れのまま、二人は唇を深く合わせた。窓を叩く雨音に交じって、口づけの音はどんどん粘つきを増した。
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