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二人に医師は言う。
「ただ、あれだけの状態だったのにも関わらず、言語以外の反応はそこまで鈍くありません。意識が戻ったことも奇跡に近いです。まだ子供ですから、リハビリ次第で言葉のほうの回復は見込めると思います」
「あの、会っても大丈夫でしょうか……?」
面会を求める牧野に医師は一瞬渋った表情を見せたが、五分程度なら構わないと許可して、看護師に付き添いを任せた。
太陽の光に照らされた白い病室に足を踏み入れると、いつものように、たくさんの管で繋がれた怜がベッドの上で瞳を閉じていた。寝ているのだろうか。一司と牧野は息を顰めて様子を窺った。
「起きてますから、静かな声なら語りかけて大丈夫ですよ」
看護師の女性がモニターを確認しながら声掛けを促した。
「……怜?」
一司が囁き声で呼ぶと、長い睫毛がピクリと揺れた。瞼がゆっくりと開かれていく。虚ろな瞳が覗いた。
「怜……わかるか?」
もう一度呼びかけると小さな唇が微かに動いた。何かを喋ろうとしている。一司は身を屈めて顔を近付けた。
「……ん」
引き攣った声だった。上手く聞き取れない。
「どうした……?」
円らな瞳をしっかりと見つめながら問い返した。すると……。
「かず……し、さん……だ」
たどたどしい口調ではあったが、怜は一司の名前を声にした。
「っ……そうだよ、俺だよ」
ぶわっと視界が滲んだ。泣くなと言い聞かせても無理だった。一司は大粒の涙を零しながら怜の手をしっかりと握った。
「ああ、怜くん……本当によかった。ううっ……」
牧野も涙した。ハンカチを片手に嗚咽を漏らしていた。
「ごめんな、怜……タイピンを届けに来てくれた時、何も気付いてやれねぇで……!」
涙ながらに懺悔した。怜はそんな一司をジッと見つめていた。言葉を上手く紡げない変わりに瞳が小さく揺れていた。
伝えたい事はまだあった。
「俺は怜のおかげで、たくさんの事に気付けたよ。お前に出会えてよかった……ありがとう」
溢れる気持ち口にした。そんな一司の手を怜はそっと握り返す。温かかった。この少年はちゃんと生きている。一司の声を聞いている。
「早く元気になって、一緒にサッカーしような……」
「……う、ん、やく、そく……」
怜は微かに頷いた。夕陽の下で交わした約束をちゃんと覚えていた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔で一司は微笑んだ。かけがえのない出会いに感謝しながら。
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