※ありがとう

10/11

1525人が本棚に入れています
本棚に追加
/267ページ
***  怜が意識を取り戻してから二ヶ月が経過し、年の瀬が迫っていた。  心配していた後遺症は左手の軽い麻痺と、はなし言葉がゆっくりになるといった軽度の言語障害だった。  言語障害と言っても日常生活に大きく影響はしない。どちらもリハビリ次第でクリアになっていくとの事だ。  ただ心配なのは、今後、いつ起こるかわからない癲癇(てんかん)の症状だ。 将来的に車の運転が制限や、仕事にも影響すると聞く。脳挫傷リスクだそうだ。こればかりは成長とともに観察していくしかないと担当医師は言っていた。  一司は何も出来ないことが歯痒くて仕方がなかった。しかし、当の怜は後遺症など全く気にせず、リハビリに励んでいた。早く一司と一緒にサッカーがしたいと言って笑顔見せていた。健気だった。逆に励まされてどうすると、一司は病院へと毎日足を運んだ。  そして今日、晴退院を迎えた。  怜は母親のもとへは帰らず、児童養護施設に入所する。センター側の判断だった。怜の発育状況も問題のひとつで、母親は充分な食事を与えてこなかったのだ。  それでも母親を慕うのが子供だ。  家に帰れないと知った日。病室のベッドで涙を流す怜を一司は優しく抱き締めることしか出来なかった。悲しい現実だが守るべきは怜の命なのだ。  今後、母親との面会も制限され、施設の許可がなしに会う事は出来ない。  実は施設入所前、怜の引き取り手を捜すため、母親の親族を調査した。そこでわかったのは複雑な事情だった。  父子家庭で育った彼女は高校中退後、家を飛び出したのち怜を妊娠した。実父は五年前に他界している。  怜の実の父親はわからないままだ。なりゆきで身体を重ねた相手が複数いた為だ。生島親子に頼れる存在は誰一人いなかったというわけだ。  中卒でシングル。働く先など、そう簡単には見つからない。結局、彼女は風俗業に手を出し生活費を稼いできた。そこで出会ったのが怜に暴力を振るった男だ。  負の連鎖を一司は目の当たりにした。しかし、子供に罪はない。怜には幸せになる権利がある。大人がそれを奪っていいわけがないのだ。
/267ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1525人が本棚に入れています
本棚に追加