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「……怜、元気でな」
冷たい風が吹きつける病院の駐車場で一司はさっきからずっと俯いたままの怜の頭を撫でた。隣には牧野もいた。今から怜は彼女が運転する車で施設に向かう。
「どうしたの、怜くん。大槻さんにちゃんとさよならしないと」
黙る怜に牧野は言った。
別れと言っても施設は近い。会いに行こうと思えばいつだって会いにいける距離だ。
「怜、落ち着いたらサッカーしような」
「……うん」
やっと反応が返ってきた。しかし、目は伏せられたままだ。声にも元気が無い。施設に入るのが嫌なのだろうか。一司は腰を折って怜の顔を覗き込んだが……。
「っ、怜……?」
ハッとした。怜の瞳から涙が溢れていたからだ。
「どこか痛いのか? 左手か?」
その問いに怜は無言で首を振った。
「じゃあなんで泣いてるんだよ」
「……だ、って……」
「どうした、言ってみろ」
引き攣った涙声で何かを伝えようとしている。一司は濡れた頬を手で拭いながら促した。
「だって……さみ、しい……っ」
「寂しい?」
何がと問う前に怜はたどたどしい口調で思いの丈をぶつけてきた。
「だ、だって……一司、さんと……毎日、会えなく、なるっ……」
涙の原因はそれだったのだ。泣き震え、必死に訴える姿に一司の胸は痛いほど締め付けられた。
「バカ、心配すんな。いつでも会いに行ってやるよ。怜が望むならいつだって……会いに行く」
小さな身体を包み込むように抱き締めた。
「ほ、んと……? だって一司、さん……俺のこと、めいわく、なんじゃ……」
「そんなわけないだろ。俺は、怜の事が大好きだよ……いつだってお前のことを想ってるよ」
有りったけの愛情で不安を消してやった。安心したのだろう。一司の胸の中で怜は泣きながら笑った。
「俺も……一司、さんが……だい、すき」
「知ってる。だから泣くなよ。これから辛い事もたくさんあるだろうけど、お前には俺がいる。牧野さんだっている。怜がどうしても辛く悲しくなった時は呼んでくれよ、すぐに駆けつけてやるから……」
「っ、うん……ありがとう、一司、さん……」
冬空の下、二人は親子のように抱き合った。
別れ際、一司は怜にある物を渡した。再会の約束として預けたのは、怜との絆を深めたネクタイピンだった――。
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