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「…………た」
しかし、その声は小さすぎた。
「……えっと、お兄さん。今、何ていいましたか?」
恐る恐る、聞き返された。
「…………かった」
もう一度、口にしたが、それでも聞こえなかったようだ。
「す、すみません。ちょっと聞こえ難くて……」
ボソボソと話す一司に結人も戸惑ったのだろう。首を傾げていた。
「兄さん、結に一体何の用ですか?」
怪訝がった一哉が腕を離させようと手を伸ばした。
(ああ、クソッ!)
一司は深く息を吸い込んだ。
「だから……あの時は悪かったって言ってんだよ! 心の底からごめんなさい! じゃあな!」
勢いに任せて言い放った。結人の腕を解放したあと、踵を返して正面玄関までダッシュした。突然の謝罪に驚いたのだろう。「兄さん」と呼び止める一哉の声が響いたが、一司は振り返りもせずに走った。
「よし、部屋に戻ろうぜ……!」
息を切らしながら神谷の腕を引っ張ってエントランスへと連れ込んだ。
「ちょっと、かずちゃん……急に走り出したと思ったら、笑わせないでよ!」
神谷が腹を抱え大笑いしだした。
「っ……笑うな!」
「ごめんね。でも、かずちゃんにしては頑張ったわよね。よく出来ました」
頬を赤くする一司の頭を彼は優しく撫でた。
「……子ども扱いすんな」
唇を小さく尖らせて手を退けさせた。
「本当はずっと結ちゃんに謝りたかったんでしょ?」
「ち、違う! たまたまだ……っ⁉」
かぶりを振って本心を隠すと、大きな胸の中に抱き締められた。
「よかったわね、ちゃんと謝れて。少しは楽になれたかしら?」
奥底にある一司の気持ちを、ずっとわかっていたのだろう。それ故の強硬手段だったというわけだ。
「……うるせぇよ。余計なことをしやがって」
憎まれ口を叩きながらも、一司は腕を回して抱擁を受け止めた。
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