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「……児童相談センター?」
翌日の朝。局に出勤した一司は眉間に皺を寄せた。デスクに着くなり、指導係でもある女性局員が午後から一緒にセンターに行こうと言い出したのだ。
「ええ、そろそろ一度訪問してもいいと思うの。大槻さんはまだ行ったことがないでしょう?」
「ないですけど……」
頷いた。センターは同じ新宿区内にある。局からは車で十分ほどの距離だ。
虐待やネグレクト、様々な事情を抱えた児童を一時的に保護する施設でもある。課との繋がりも深く、日常的にやり取りをしている、いわば、現場のひとつだ。異動して五ケ月。事務的なことは殆ど頭に入った。そろそろ外回りの仕事も任せようとしているのだろう。
(だるいな……)
ただでさえ辛気臭い仕事だ。どうせ出世街道から外れている。それなら緩く適当に、卒なくこなしたい。そんな気持ちが伝わったのだろう。女性局員が溜息を漏らした。
「今月から児童虐待の対策を強化していくって会議でも部長が言っていたでしょう? その為には現場をもっと知る必要があるの」
「ああ、そうでしたね……」
確かにそんな話をしていた。一司は鬱陶しげに返した。
「大槻さん、最近弛んでるわよ。もっと意欲と責任感をもってちょうだい!」
(最高に煩い……)
はじまった。
少しでも仕事に対する姿勢が怠けていたら、こうやってすぐに小言を口にする。
そんな彼女の名前は、一ノ瀬麗子。
一司より十歳年上で、ふくよかな体型の彼女は、現在は課長補佐の役職に就いている。春に異動してきた一司を初っ端から厳しく指導した人物だ。凄惨な虐待現場の写真を見せて、児童保護に携わる信念と責任感を教え込まれた。プライベートでは二児の母親だそうだ。
一司は一ノ瀬が苦手だった。
とにかく細かいのだ。どんな小さなミスも決して見逃がさない。ミクロの埃をも見つける勢いだ。ミスを発見した際には、どうしてこうなったか、彼女が納得いくまで過程を説明しなければならない。
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