番外編・ねがいごと

8/25
前へ
/267ページ
次へ
「未練はねぇんだんだよ……だだ」  そう言って俯くと、隣に座る神谷が肩を抱き寄せてきた。  安心した。触れ合うだけで素直になれる。葛藤も迷わずに吐き出せる。一司は身を委ねながら、今の気持ちを明かす。 「……自分の子供には、何一つ父親らしい事が出来なかった俺だ。手紙の言葉は正直、心にくるものがある」 「かずちゃん……」 「別に怜を、二人の子供の代替えとも思わないし、思った事もねーけど……」 「そうね。それはもちろんわかってるわよ」  うんうんと頷く神谷に一司は続けた。 「自己満足だって言われるかしれないけどさ、怜には、思う存分の愛情を与えてやりたいのが本心なんだよな……」  飾らずに、正直な気持ちを吐露すると、神谷の腕に力が入った。一司の心をしっかりと受け止めるように。  昨年、怜が退院した日。望むならいつでも会いに行くと約束した。しかし、現実はなかなか上手くいかない。  仕事もある。週一度か二度会いに行くのがやっとだった。それでもこの一年、一司なりに怜を思い、精一杯接してきたつもりだ。 「でも、寂しい想いをさせているのは事実だ。それがもどかしくて、自分にも腹が立ってしょうがねぇよ」  嘆息を漏らした。何が足りない。怜には何がしてやれるだろうか。そんな考えばかりが頭を巡った。 「かずちゃんは充分頑張ってるわよ。だから自信を持って、これからも怜くんを愛してあげましょうよ。勿論あたしもね」 「そうだな……」  頷いたが気持ちは晴れない。そんな一司を思いやったのだろう。神谷は言った。 「それに、もうあたし達って家族みたいなものじゃない? 血の繋がりはなくたって、かずちゃんは怜くんにとって既に父親みたいな存在よ」 「神谷……」  彼の言葉は不思議なもので、あっという間に人を励ます力がある。それに何度、救われてきたことか。一司の頬が綻んだ。
/267ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1528人が本棚に入れています
本棚に追加