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「ああ、やっと来てくださいましたか。本日はご足労頂き、ありがとうございます」
入室した一ノ瀬に気付いた、五十代半ばほどの男性がやってきた。首から下げたネームプレートには「副所長・田辺優一」とあった。
「田辺副所長、遅れて申し訳ございません。会議は午後一時半と伺っていたものですから……」
どうやら連絡の行き違いがあったようだ。一ノ瀬は遅れた事を詫び、深々と頭を下げた。一司もそれに合わせて腰を折った。
「いやいや、構いませんよ。こちらは現場ですから時間に追われていて、どうしても予定通りにいかない時もあるんですよ。局は事務的な仕事が多くて、スケジュール通りに進むかもしれませんけどねぇ」
明らかな厭味だった。田辺はうすら笑いを浮かべると、着席を促してきた。
(なんだ、このジジイ)
嫌な感じしかない。一司は背中を向けて席へと戻っていく田辺へと鋭い双眸を送った。
「こら……睨まないの」
隣に座る一ノ瀬が囁き声で注意してきた。
「いやだって、時間の変更くらい連絡しろって話ですよ……しかも何すか、あの厭味」
同じく一司もヒソヒソ声で返した。
田辺の言葉のニュアンスはこうだ。
日々変化する忙しい現場と、義務的な事務仕事だけをする局の人間とは、やり方が違うと言いたいのだ。言葉使いこそは丁寧だが、内容は刺々しいものだった。
「いいから。今日は協議の内容を確認する為にきたの。ほら、資料開いて」
いちいち気にしていられないのだろう。一ノ瀬はボイスレコーダーを起動させた。記録としては最適だ。
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