番外編※二人で眺める朝焼けに

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「そうよ。橘さんの件でこの家が大騒動になった時に、一哉もそう言っていたでしょう」  掘り返されると痛い過去だ。黙る一司に、彼女は母として愛情を込めた言葉を送った。 「一司……あなたはずっと一哉に劣等感を抱いてきたかもしれないけど、親として二人を比べた事は一度もないわ。一司の本当の優しさを知っていたからよ。まあ、その捻くれた性格は、もともとかもしれないけど……ふふっ」  母が笑うと父もつられるようにして笑い声を上げた。  最後に二人は、息子が四人に増えたと冗談交じりに言ったあと、『今度、神谷さんを家に連れてきなさい』と一司のパートナーを心から歓迎した。  その一か月後。神谷を家に招待した時の両親の顔は一生忘れないと、一司は思い返す。  飾らず、ありのままの自分でいいと言ったせいか、神谷は最初からオネエ言葉全開で、両親にグイグイと迫っていった。母は暫く硬直し、父も最初はポカンと口を開けていた。  しかし、ここは神谷だ。彼は持ち前の友好的な態度と明るい性格で、あっという間に両親の警戒心を解き、出会って三十分ほどで打ち解けた。しかも料理好きの母と話が合ったそうで、仕込みの話や、隠し味、出汁の取り方など、二人はグルメトークに花を咲かせていた。  それから数カ月経ち、世間は今、お盆休み真っ只中だ。  今年は特に記録的な猛暑が続き、毎日茹だるような暑さが続いていた。そんな中、一司と神谷の二人はいよいよ、新たな住居となるマンションへの引っ越し日を迎えた。    選んだのは局と同じS区内にある、地上十四階建ての中古マンションだ。
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