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しまったと、一司は口元を手で覆った。つい反応してしまった。隣から一ノ瀬の怒りのオーラを感じた。説教コース確定だ。少しでも彼女の機嫌を取り戻さなければならない。
「っ……若輩者ですが、何卒よろしくお願い致します! 精一杯頑張って参ります!」
机に額がくっつくまで頭を下げた。
(くそ……大体、俺は子供なんて苦手なんだよ)
虐待は確かに罪だ。いくら一司でも、我が子に手を挙げたことはない。
(あいつら……何してんだろ)
離婚してから一度も会っていない。特に会いたいとも思わなかったが、ふいに智史と陽菜の顔が脳裏に過った。
子育ては全て、元妻、万里子に任せてきた。とにかく小さな子供は扱いにくい。
すぐ泣いて癇癪を起しては、家中を散らかす。ケタケタと笑っていたと思いきや、急に物を放りなげて怒り出す。もはや怪獣だ。
取りあえず、お菓子さえ与えれば黙るということだけ心得ていたが、一司にとってストレスでしかなった。そもそも、どう遊んでいいのかわからない。
気が付くと二人の子供とは距離が出来ていた。それでも世間体を気にして、表面上はいい父親を演じてきた。万里子へ暴力を振るう前までは。
しかも当てつけのように、子供たちは弟の一哉によく懐いていた。
智史が以前、こんな事を小さく漏らしていた。
『一哉おじちゃんがパパだったら良かったのになあ……』と。
一司が家にいないと思ったのだろう。リビングから聞こえてきたのだ。陽菜も兄の言葉にうんうんと頷いていた。万里子もいたはずだ。妻の反応を盗み見ようかと扉に手をかけたが、やめた。そのまま玄関へと方向転換した。一年ほど前の話だ。
(……まったく、子供なんて簡単に作るもんじゃねぇな)
煩わしい事を思い出してしまったと、一司は手元の資料を捲った。どこを見ても虐待の文字だ。
(自分の子を虐待するなら、作るなよ……)
喉まで出かかったぼやきを飲み込んだ。
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