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「えっ、ええ?」
泣く意味がわからない。一司は狼狽えた。
「大槻さんったら、子供を泣かすなんて! ごめんなさいねぇ、この人怖いわよね?」
一ノ瀬が怜をギュッと抱き締めた。
「お、俺は悪くないだろ! だいたいこのガキが……っ!」
激しくぶつかってきた挙句、謝りもされていない。
「いい加減にしなさいよ! 大人になりなさい!」
抗議する一司に一ノ瀬の怒号が飛んだ。
「っ……く!」
(クソババアが!)
そう叫びそうになるのを堪えた時だ。一ノ瀬の腕の中にいる怜がニヤリと笑った。
(こいつ、嘘泣きか⁉)
どこまで性格が捻くれているんだ。神経が逆立ったところで、別の職員が長い廊下の向こうで牧野を呼んだ。怜の母親が迎えにきたようだ。
「怜くん、行きましょう。お母さんもきっと早く怜くんに会いたいはずよ。じゃあ、一ノ瀬さん失礼しますね」
牧野が怜の手を引く。
(……ん?)
一司に違和感が駆けた。
どうも怜の足取りが遅いのだ。まるで歩くのを拒否しているようだ。顔もどこか暗く、瞳に影がかかっていた。しかし牧野に引っ張られるまま、怜は行ってしまった。
「なんだよあいつ……最近のガキは本当に教育がなってねーのな!」
去っていく二人の背中に向かって吐き捨てた。違和感は見て見ぬふりをした。どうせ気のせいだと。
「……まるで大槻さんを小さくしたみたいな子だったわね」
一ノ瀬がプッと吹き出した。
「冗談やめてください。俺はもっと天使のように可愛かったです」
幼少期の姿を思い浮かべた。
大槻家の第一子として生まれた一司は、親戚の中でも近所でも、可愛くて天使のようだともてはやされた。どんな我儘も受け入れてくれた。しかし、三年後に状況は変わる。弟の一哉が誕生したのだ。それからというものの、お兄ちゃんなんだから、しっかりしなさいと厳しく育てられてしまった。
「……それよりさっきの怜くんって子」
追想は一ノ瀬の声で途切れた。
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