※撫でられた髪

3/22
前へ
/267ページ
次へ
 肉じゃがをご馳走になった夜から今日で三日。部屋を訪れるタイミングだが、やめておいた。連絡がないイコール忙しいということだ。秋のセールも近いと聞いている。  神谷は一司が思う以上に仕事人間だった。売上の管理はもちろんのこと、後輩の育成にも携わっている。本社の会議にも参加していると言っていた。あの女言葉を喋る姿からは想像もつかない。 (なんで神谷のことばっかり考えてんだよ……)  ハッとした時には目的地に到着していた。  繁華街の一角にひっそりと聳え立つ古ビル。一司は迷うことなくそこに足を踏み入れ地下へと続く階段を下った。降りた先には木製の扉があった。ここに来るのは久し振りだ。扉を押すと来店を知らせる鈴の音が響いた。 「……いらっしゃいませ。おや、大槻さん。少しご無沙汰ですね」  出迎えたのは顔なじみのマスターだ。彼はカウンターの向こうでグラスを磨いていた。 「よう、久々に来てやったぜ」  挨拶を交わしてハイチェアに腰を下ろした。場所は中央を選んだ。  ここは、一司行きつけのバー『idea(イデア)』だ。一か月振りの来店だった。  神谷との関係が始まってから訪れる回数は減ったが、気に入りの場所には変わりない。  巷でも人気のバーで、グルメ雑誌にも取り上げられている。口コミの評価も高い。その理由はもちろん……。 「これまた上から目線ですね。何になさいます?」  一司より五歳年上のマスターだ。目鼻立ちがくっきりとした美男だ。艶のある黒髪をオールバックにしていることから、端正な顔立ちがより際立っていた。彼目当てに来店する女性客も多いが、何より人気なのはアルコールの腕だ。一司もマスターの作る酒に惚れ込んだ一人だ。
/267ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1533人が本棚に入れています
本棚に追加