1533人が本棚に入れています
本棚に追加
「大槻さんがイライラしている時は、眉間に深い皺が寄っていますからね」
わかったような口振りに一司はムッとした。
「どうせ俺はわかりやすいよ。あいつと同じ事を言いやがって」
「……あいつ、とは?」
「ほら、あいつだよ。見た目は厳ついけど、女言葉を喋るオカマだよ。何回かここにも来てるだろ?」
「神谷さんですか。彼も久しく見ていませんね」
ああ、と頷きながらマスターは磨いたグラスを棚へと戻した。
「仕事が忙しいんだって。あいつ、あれでも有名ブランド店の店長だしな」
「相変わらず、仲がよろしいのですね」
「そんなんじゃねーよ。俺、あいつのこと何も知らねーし」
親密さを否定した。
実際そうだった。身体の触れ合いはあっても、出身地、家族構成、神谷がどんな人生を歩んできたのか一司は何も知らない。
わかっているのはオネエ言葉を話すゲイで、自分より五歳も年下って事だけだ。
(知ってどうなる……)
知らないというより、聞かないようにしてきたのだ。
深入りするのも面倒だ。不全が治れば会う事もない。抜き合う関係と割り切っていた。それに……。
(知りすぎて、後戻りできなくなるのだけはごめんだ……)
変な情が湧いたら厄介だ。一司はダイキリを流し込んだ。
「おかわりされます?」
空になったグラスを下げられた。
「そうだな。強いのがいいな。ロングアイランド・アイスティーで」
アイスティーという名だが紅茶は一切入っていない、ウォッカベースのカクテルだ。そのくせ紅茶の似た味わいを楽しめる。ジンやラム、テキーラなどを合わせてある。飲みやすいが、アルコールの度数は高い。しかしそれを感じさせないのも特徴のひとつだ。
「前みたいに酔っ払わないでくださいよ」
「わかってるって。ほら、早く作れよ」
そんなマスターの忠告を無視して、一司はハイスピードでアルコールを摂取した。
最初のコメントを投稿しよう!