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「……あたしの出身は三重県なの」
「へぇ……伊勢とか?」
思い当たる場所を適当に述べた。
「もっと田舎のほうよ。海が見える綺麗な町よ。けど、高校卒業と同時に出てきちゃったの」
昔を想い馳せるように神谷はふふっ笑った。
「進学か何かかよ?」
「そんな、いいものじゃないけど……」
穏やかな笑顔に寂しげな影が過った。一司は黙って続きを待った。
「あたしね……母親が女手ひとつで育ててくれたのよ。父親は物心ついた時にはもういなかったわ」
「…………へぇ」
これは重い話だ。辛い過去が潜んでいる。一司は聞いたことを少し後悔しつつも相槌を打った。
「でも全然、寂しくもなかったし悲しくもなかった。母はあたしにたくさんの愛情を注いでくれたから……」
思い出を懐かしんでいるのだろう。神谷は自分の胸へと片手を置いた。
昔話は続く。
「母はね、生活の為に小さなスナックを経営してて、地元じゃ美人で有名だったのよ。でもあたしが高校三年の時に乳ガンで、呆気なく死んじゃった」
「――え?」
目を見張った。簡単に告白されたが内容はかなり重い。一司はそのまま神谷の顔を凝視した。
「やーだ! そんな顔しないでよ! おじいちゃんとおばあちゃんも隣町に住んでいたし。まあ、母とは不仲だったけどね。でね、あたしってこんなじゃない?」
「……まあ、変だよな」
暗い空気を少しでも変えようと、一司はいつもの毒舌で返した。
「もう、正直さん! そうなのよね……男が恋愛対象だって気付いたのは中学に上がった頃だったわ。別に女の格好はしたくないんだけど、どうも男言葉はしっくりこなくって……でも」
言葉が止まった。告白を躊躇っているのだろうか。それでも一司は待った。
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