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一呼吸おいたあと、神谷は当時の想いを口にした。
「こんな自分、母親が知ったらガッカリすると思って必死に隠したの。一人息子だし、これじゃあいけないって、とにかく男っぽく振る舞ったわ。もちろん周りは誰もあたしがゲイだって気付かなかったし、女の子にも告白されたりもしたわ。だから、一生隠して生きていこうって思ってたんだけど……」
またしても神谷は言い淀んだ。
これ以上は、話したくないのかもしれない。それならもう聞くつもりもないと、一司は話を切ろうとしたが……。
「母が亡くなる少し前にね、病室であたしに言ったの。全部わかってたわよって……」
哀愁を帯びた口調だった。
「わかってた?」
伝わる寂しさには気付かないふりをして、一司は返した。
「そうなのよ。ビックリしたわよ。こっちは必死に隠してきたのにね!」
暗い雰囲気を吹き飛ばすようにして、神谷は豪快に笑った。
「母はこうも言ってくれたわ。自分らしく後悔しないように、恥じない人生を生きなさいって。見栄やプライドなんて必要ない、人も自分の心も誠実に愛しながら、竜二らしく生きなさい……ってね」
一司はついに黙った。言葉が見つからないのだ。
下手な慰めも同情もきっと無意味だ。そもそも、自分はそんな優しさの欠片もない人間だと。
「それから数日後に母は亡くなったわ。悲しい別れだったけど、最後にあたしの事をちゃんとわかってくれて、尊重してくれたの。本当に嬉しかったわ。この人の息子で良かったって心から思えたの……」
母親の面影を思い出しているのだろう。神谷は静かに双眸を閉じた。
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