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「それからかしら。あたしがこんなのになっちゃったのは。ありのまま生きようって思ったの。でも田舎町じゃ何かと生き難いし、おじいちゃんとおばあちゃんのところに行く手もあったんだけど……やめておいたわ」
「……なんで?」
一司は震えそうになる声を我慢して聞いた。
神谷がどうして田舎を飛び出して生きようと決意したのか、素直に知りたいと思ったからだ。
「だって、こんなあたしを知ったら心臓発作起こしちゃいそうじゃない? 古い世代だもの。理解は難しいわ。だったら高校卒業してすぐに働こうって思ったのよ。それで田舎を飛び出してアパレル関係の仕事を選んだの。最初はアルバイトだったんだけど、我武者羅に頑張ってたら、いつの間にか店長になってたわ!」
神谷は笑顔だった。悲しい過去など全く感じさせないほど明るい顔だった。
「……よく、笑ってられるな」
辛かったはずだ。楽しそうに笑えるのが不思議でしかない。
「そう? でもよくある、お涙ちょうだい的な話でしょ?」
「……そうかもな」
視線を落とした一司に押し寄せたのは、罪悪感に似た後味の悪さだった。簡単に聞ける話ではなかったからだ。
(調子が狂う……)
グッと奥歯を噛んだ時だ。神谷が一司の顔を横から覗いた。
「そいえば、さっき話だけど……」
「……え?」
もう過去の話は十分だと眉を顰めながら視線を戻した。
「ゲイとして生きてて恥ずかしくないのかって言ったでしょ?」
「……別に変な意味はねぇから」
下等な問いだったと痛感した。
一司の中には未だ同性愛に対する嫌悪や偏見が残っている。それがベースにあった。下らない。こんなにも堂々している神谷には必要ない質問だったのだ。
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