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「確かに自覚した時は、まだ幼かったし、それなりに悩んで苦しんだけど、今は恥ずかしくとも何ともないわ。だってこれが、あたしだもの。辛い時があったからこそ言える科白だけどね」
満面の笑みが向けられた。
「……ふーん、立派なもんだな」
素っ気無い返事で会話を終わらせた。苛々した。神谷ではない。一司は自分自身に酷く苛ついていた。
「……ここまで話をしたのは、かずちゃんが初めてよ」
そんな一司の両手を神谷は優しく握った。
(やめてくれ……)
心と心が近付く気配に危機感を抱いた。これ以上は踏み込んではいけない。一司は瞬時にセーブをかけた。
「……かずちゃん?」
「っ……!」
呼びかけられて手を振り解くと……。
「……寝る」
一言だけ告げてソファから立った。向かったのは寝室だ。仕事が残っているのだろう。神谷は追い掛けてこなかった。
部屋に入るなり一司は布団の中へと潜り込んだ。
(なんなんだよ、一体……)
感情が追い付かない。神谷の生い立ちを聞き、心が揺さ振られたのは事実だ。しかし、その気持ちをどう言葉にしていいのか、一司にはわからなかった。
ただ一つ明確なのは、今まで人を平気で傷つけてきた自分には、神谷の母親の言葉を理解する権利もなければ、資格も無いということだ。
「くそっ……」
思考を遮断した。瞳を閉じて眠りの世界へと逃げ込んだ。
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