溺れそうだ

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「予算も希望通りに下りるみたいだから、対象区域内の全戸配布も問題なさそうよ」  一ノ瀬が上層部に押し込んだのだろう。 「じゃあ早速、センターに連絡いれます」  スムーズな仕事は悪くない。外線へと手を伸ばした一司だったが、ここでストップがかかった。 「いいえ、今から直接行って報告してきてちょうだい。田辺副所長には連絡を入れてあるから」 「……なんでわざわざ」  電話一本で済む話だ。行く必要性が感じられない。 「これから長い付き合いになるのよ。誠実な態度を見せてきなさい。あと、センター内も見学してくるといいわ。この前は時間がなくて出来なかったでしょう?」  要するに担当者の一人として信頼を得てこいということだ。面倒くさい。しかし一司に拒否権はない。 (あー邪魔くせぇ……)  心で文句を垂れながら、鞄に必要書類を放り込んだ。 「じゃあ、田辺副所長によろしくお伝えしてね。くれぐれも低姿勢で」  席を立ったところで釘を刺された。 「……極力努めます」  こればかりは田辺の態度と自分の感情次第だ。課を出て行く一司に「頼んだわよ」と、一ノ瀬が念を押してきた。 (正直、助かった……)  外回りが面倒なことに変わりないが、神谷のことばかり考える方がもっと嫌だった。 「なにが溺れそうだだよ。気持ち悪い……ふざけんな」  嫌悪した。そうだ。決して、溺れてなんかいない。溺れてやるものか。局を後にした一司はセンターへと急いだ。
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