溺れそうだ

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*** 「……不在?」  児童相談センターに到着した一司はまず総合窓口へと顔を出した。すると事務職員の若い女性が田辺の不在を告げたのだ。つい先程、郊外の児童相談所へと向かったとの事だった。 「待ってくれよ。こっちはアポ取って来てんだぞ。何でそんなことになってんだよ」  苛立ちをぶつけた。 「そうは言われましても……緊急でして。夜には戻られるかと……」  女性も困ったように首を傾げた。 「それまで俺に待てって言うのかよ!」  声を荒げると、受付カウンターの向こうから視線を感じた。他の職員が吠える一司を冷ややかに見ていたのだ。 (……どいつもこいつも!)  嫌になる。一司は盛大な溜息を漏らした。 「お待ちになっても構いませんが、お急ぎの用件でしょうか?」  この言い方も腹立たしい。だいたい、報連相というものがあるだろう。 「ここは連絡すら行き届いてねぇのかよ。児童虐待のリーフレットの件だよ!」 「……まぁまぁ、お兄さん。そんなに苛々しないで」  女性へと詰め寄ったところで背後から呼ばれた。穏やかな声色だった。 「……あ?」  誰だと眉を顰めてゆっくりと振り返った。そこには一人の中年女性がいた。見覚えがあった。 (このババアは、確か……) 「牧野さん、お疲れ様です」  記憶を探っていたところで女性職員がホッとした笑顔を見せた。 (そうだ、牧野だ……)  一司の脳裏に十日ほど前の出来事が鮮明に過った。  あの子供、怜を追い掛けてきた女性だ。首から下げられたネームプレートには『児童福祉司・牧野静華(まきのしずか)』とあった。
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