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「あなた、確か一ノ瀬さんと一緒にいた人よね。大槻さんだったかしら?」
どうやら牧野も一司のことを覚えていたようだ。
「はあ、そうですけど……」
不愛想に頷いて返した。
「今日は一ノ瀬さんは一緒じゃないの?」
「一緒じゃないです」
いちいち話し掛けてくるなと鬱陶しげなオーラを醸し出すが、牧野には通じない。それどころか次々と質問を飛ばされた。
「やだぁ、大槻さん。この前は気付かなかったけど、なかなかいい男じゃない。歳はいくつ? 独身? 彼女はいないの?」
まるでマシンガンだ。
「……歳は三十二です。独身で彼女もいません。それが何か?」
表情を殺し、適当な口振りで答えておいた。話を早く終わらせるためだ。
「あら、素敵。三十二歳って、もっと若く見えるわよ。うちの娘なんてどう? 今年二十歳になったばかりで可愛いの」
「遠慮します」
「やだわ、即答じゃない!」
何が可笑しいのかケタケタと大笑いされてしまった。その隙を狙って、受付の女性は事務所の奥へとそそくさと逃げていった。
「……くそっ、無駄足だったじゃねーか」
また出直しだと、一司は舌を打った。
「大槻さん、ちょっと時間ある? 来て欲しいところがあるの」
「来て欲しい……って、おい!」
身体が前方に傾いた。牧野が答えを待たずに一司の腕を引いたのだ。
「っ……離せよ!」
結構な力だ。もちろん本気を出せば、振り解く事も可能だろう。しかし、その拍子に躓きでもされたらたまったもんじゃない。
「大槻さん、あんまりイライラしない方がいいわよ。そんなあなたが元気になれる場所へと連れて行ってあげるわ!」
長い廊下を牧野は突き進む。一司もそれに連れられて、足を進めた。
(元気になれる、場所…?)
腕を引っ張られるまま、怪訝な表情を浮かべた。嫌な予感しかなかった。それは見事的中する。
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