溺れそうだ

8/13
前へ
/267ページ
次へ
「だから、ボールを投げる時は、身体の中心に重心を置けって言ってるだろうが!」  夕陽に照らされた広場に一司の大声が響く。  子供たちと遊んで欲しいと頼まれてから一時間。結局、断れないまま、一司はドッジボールに付き合った。ボールの投げ方を指南しては、全力で勝負に挑んでいた。 「大槻さーん。そんな蘊蓄(うんちく)いいから、投げてちょーだい!」  相手チームには牧野が加わっていた。彼女は一司が手にしたボールを早く投げろと急かしてくる。 (調子に乗るなよ……)  ワイシャツの袖をたくし上げて姿勢を整えた。狙うのはもちろん牧野だ。 しかし、さっきからなかなか当たらない。身のこなしがいいのか、彼女はステップを踏むように行き交うボールを避けていた。これは強敵だ。 「次こそあててやる」  静かに宣言した。腕を思い切り振り上げて牧野に目掛けてボールを放った。空気を切る音がする。いいスピードとカーブだ。これは当たる。そう確信した一司だったが、またもや素早い動きでボールは避けられてしまった。周りにいた子供たちも、はしゃぎ声を上げながらコート内に散った。 「くそっ!」  なんてすばしっこい。悔しさを隠さずに舌を打った。  最初こそ嫌がっていた一司だが、時間が経つにつれて、それは消えた。気が付くと本気になってボールを投げていた。汗を流すのも久々だった。たまには身体を動かすのも悪くない。 「はあっ……」  ここで息切れを感じて、両膝に手を置いて項垂れた。三十を過ぎた身体は正直だった。体力の低下が著しい。額から流れる汗を手の甲で拭った時だった 「オッサン、食らえっ!」  外野にいた怜の声が聞こえた。 「……っ!」  しまったと反応した時には遅かった。怜の投げたボールが肩に強く当たった。油断していたところを狙われたのだ。
/267ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1532人が本棚に入れています
本棚に追加