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「だから、ボールを投げる時は、身体の中心に重心を置けって言ってるだろうが!」
夕陽に照らされた広場に一司の大声が響く。
子供たちと遊んで欲しいと頼まれてから一時間。結局、断れないまま、一司はドッジボールに付き合った。ボールの投げ方を指南しては、全力で勝負に挑んでいた。
「大槻さーん。そんな蘊蓄いいから、投げてちょーだい!」
相手チームには牧野が加わっていた。彼女は一司が手にしたボールを早く投げろと急かしてくる。
(調子に乗るなよ……)
ワイシャツの袖をたくし上げて姿勢を整えた。狙うのはもちろん牧野だ。
しかし、さっきからなかなか当たらない。身のこなしがいいのか、彼女はステップを踏むように行き交うボールを避けていた。これは強敵だ。
「次こそあててやる」
静かに宣言した。腕を思い切り振り上げて牧野に目掛けてボールを放った。空気を切る音がする。いいスピードとカーブだ。これは当たる。そう確信した一司だったが、またもや素早い動きでボールは避けられてしまった。周りにいた子供たちも、はしゃぎ声を上げながらコート内に散った。
「くそっ!」
なんてすばしっこい。悔しさを隠さずに舌を打った。
最初こそ嫌がっていた一司だが、時間が経つにつれて、それは消えた。気が付くと本気になってボールを投げていた。汗を流すのも久々だった。たまには身体を動かすのも悪くない。
「はあっ……」
ここで息切れを感じて、両膝に手を置いて項垂れた。三十を過ぎた身体は正直だった。体力の低下が著しい。額から流れる汗を手の甲で拭った時だった
「オッサン、食らえっ!」
外野にいた怜の声が聞こえた。
「……っ!」
しまったと反応した時には遅かった。怜の投げたボールが肩に強く当たった。油断していたところを狙われたのだ。
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