溺れそうだ

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「よっしゃ! ほら、オッサン。ボーッとしてねぇで早く外野に行けよ」  生意気な口調が飛んだ。 「てめぇ……卑怯だぞ! 今のは反則だ!」  大人気ないとわかっていながらも一司は怜を指差した。 「オッサンが鈍臭いだけだろ!」 「オッサン言うな!」 「俺たちからしたら充分オッサンだ!」  言い争いが続く中、夕方の五時を知らせるチャイムがセンター内に鳴り響いた。 「あら、もうこんな時間。じゃあ今日はここまで。お風呂チームの子はすぐに入浴の準備をしてくださーい」  まだ遊びたいとごねる子供たちに牧野は素早い指示を入れた。  施設のタイムスケージュールはきっちりとしている。それを管理するのも児童福祉司の仕事だ。 「お兄ちゃん、ありがとう。また一緒に遊んでね!」 「楽しかったよ、ありがとう!」 「遊んでくれて嬉しかった!」  去り際、子供たちは一司に向かって感謝の気持ちを素直に伝えてきた。眩しい笑顔だった。 (楽しかったって……あんなので?)  特別、喜ばせたつもりはない。  勝負ごとに真剣に挑んだ、それだけだ。ただ、飾り気のない言葉には心に響くものがあった。一司は微かに頬を綻ばせた。 「……明日は筋肉痛確定だな」  腕を回して、筋肉を解した。 (いや、年齢的には明後日か……)  虚しい現実に苦笑したところで、背後から人の気配を察した。振り返ると怜がいた。 「……まだ文句あんのか?」  さっきの続きかと一司は不機嫌を露にして怜を見下ろした。しかし、返ってきたのは意外な反応だった。 「オッサンって性格悪そうだけど、遊んでるときは楽しかったぜ。ありがとな!」  怜は無邪気な笑顔を弾かせた。 「お前なっ……!」  感謝は受け取るとして、余計な一言が聞き捨てならない。だが、一司の反論を聞かずに怜は走り去った。
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