溺れそうだ

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「……身体も汗でベトベトだし、たまったもんじゃねーぜ」  愚痴を零しながら、一司は大通りを跨ぐ歩道橋を飛ぶように上がっていく。  こんな日はとにかくストレスが発散が必要だ。  今夜は一週間ぶりの神谷のもとへ行く。まずは食欲を満たしてもらうために手料理を振舞ってもらおう。明日は土曜日だ。そのまま泊まってやってもいい。あとは欲情に赴くまま、触れ合って熱を吐き出す。昂った屹立を思い切り扱いてもらって、吸ってもって、夜通し、快感に酔い痴れるだけだ。 「……っん」  階段を上りきったところで一司は小さく喘いだ。身体が神谷の感触を欲して疼いたのだ。腰から尻奥にかけてズクンと厭らしい熱が駆けていく。 「やっべ……」  片手で口を覆って燻りかけた淫欲を抑えた。こんな公衆の面前で盛るなんてありえない。気を取り直して足を進めた時だ。アプリトークの受信音が響いた。橋の真ん中で歩みを止めた一司はジャケットから端末を取り出した。相手は神谷からだった。どうせまた下品な内容だろう。一司は呆れ顔でトークを開いたが……。 「……あ」  小さく沈んだ声を落とした。『急な打ち合わせで、今夜は無理になった』とあったからだ。続けて『ごめんね。ガッカリしないでね』と届き、泣き顔のスタンプが届いた。 (無理って……)  言葉通りだ。神谷と会えないのだ。虚しさに似た感情が一司に押し寄せた。 「……誰もガッカリなんかしねーよ。ふざけやがって」  心を否定して端末をポケットにしまった。夕陽を浴びながら一司は進む足を早めた。 (面白くねぇ……)  欲求不満もあってか、むしゃくしゃしていた。あの快感を待ち望んだ自分にも腹が立った。空虚感を感じた心が煩わしかった――。
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