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「兄さん、今日はお疲れ様でした。智史と陽菜も喜んでいたし、良かったですね」
リビングに戻ると、ソファに座る一哉が柔らかな笑みを向けてきた。母も父について行った為、不在だ。今、この家には兄弟二人きりというわけだ。
「……お前、まだいたのかよ。早く帰れよ」
目線を一切合わさずに言い捨てた。同じ空間にいたくもなかった。慣れないことをして心身ともに疲れ果てていた。今夜はもう寝てしまおう。二階に上がろうとする一司だったが……。
「お父さんの言っていたことは本当だったのですね。兄さん、確かに変わりましたね」
立ち上がった一哉が距離を詰めてきた。その顔は嬉しそうに綻んでいた。一司はゾッとして後退った。
「なんだよ、ヘラヘラ笑いやがって……気持ち悪いな。とっとと女装野郎のとこへ帰れよ」
「彼には『結人』という名前がちゃんとある。そういうのはやめてくれ」
笑顔を消した一哉が厳しい口調で戒めてきた。
一司の意地悪がここで発動する。
「……へぇ、じゃあ『結ちゃん』とでも呼んでやろうか? それとも『ユウナちゃん』がいいか?」
ははっと笑ってやると、心底呆れたような溜息が聞こえた。
「兄さんは本当に性格が悪い……」
腕を組まれて見下ろされた。この、身長差がまた悔しい。
「悪くて結構。俺から言わせればお前の方が、性格が悪いけどな!」
次はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「大人気ない……」
聞こえるか聞こえないかの声量だったが、一司の耳にはしかと届いた。
「なんだと……!」
睨みを飛ばした時だ。一司のスマートフォンが鳴った。こんな時に誰だ。舌を打ちながらジーンズから端末を取り出すと、相手も確認せずに通話をタップした。
「もしも……」
『ああんっ、かずちゃぁぁん!』
出た瞬間、興奮した男の声が鼓膜を突き抜けた。
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