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「クソ……」
低く呟いて黒のパーカーを羽織った。ポケットに貴重品を突っ込んで部屋を出る。行くことを選んだのだ。
「兄さん、どこに行くんです?」
開いた扉に先には一哉がいた。一司の行動を不審に思ったのか、待ち伏せていたようだ。
「っ、なんだよお前!」
話を聞かれていたのかもしれない。背筋が凍った。一哉にだけは神谷との繋がりを知られたくないからだ。
とにかくこの男は頭の回転も早ければ、察知能力は並外れている。怪しんだことは徹底して追及してくるに違いない。
「兄さん。さっき、神……」
「あぁっ、そうだ! 俺、今から局の人と飲みに行くんだった」
問いかけを大きな声で掻き消し、咄嗟の嘘をつきながら階段を駆け下りた。
「ちょっと待ってください! お父さんが最近兄さんは飲みに行ってばかりだって心配して……」
一哉が玄関まで追いかけて来た。しかし一司は振り返りもせずに外へと飛び出た。向かう先は駅だ。全速力で住宅街のメインストリートを突っ切った。
(神谷の奴……タイミングが悪いんだよ!)
文句をぶつけてやろう。息せき切るなか、心で悪態をつきながらも、一司の表情はどこか嬉しそうに綻んでいた。
***
「かずちゃん、いらっしゃい!」
店に到着した一司を神谷は満面の笑みで出迎えた。
「……おう」
ぶっきらぼうに返事をして、客入りが絶えない店内を見渡した。
流石、人気ブランド店なだけある。二階建てのデザイン製に富んだ作りとなっていた。白と黒のコントラストが映える内装は高級感すら漂う。装飾品や雑貨のひとつひとつも結構センスがいい。地価の高い東京でこれだけの規模を誇っている。経営陣の新規オープンに対する意気込みと、強気な姿勢がひしひしと伝わった。店長を担う神谷の責任は大きいだろう。
「いい店でしょ? かずちゃんになら特別割引してあげるわよ」
「そんな事していいのかよ。それより何の用だよ」
余程の用事だろうなと腕を組んで、自慢げに微笑む神谷を見上げた。
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