複雑な素直

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***  午後、一司は約束の時間通りにセンターへ訪れた。  通されたのは応接室だった。打ち合わせには田辺だけではなく、児童福祉司の代表として牧野も同席した。見つからないどころの話じゃない。一司はなるべく彼女と視線を合わさずに話を進めていった。 「先日はすまなかったね。郊外の相談所で問題があって、中央の立場としてチェックが必要だったんだ。現場第一で申し訳ないねぇ」  リーフレットの説明がひと通り終えたところで、向かいの席に座る田辺が詫びを入れてきた。上辺だけの言葉だとは丸わかりだった。 「はあ……そうですか」  相変わらずの厭味だ。一司は苛立ちを感じながらも愛想笑いを浮かべた。 (出たよ、現場第一主義発言。お前はどこかの国会議員かよ)  声に出せない悪態を心で吐いたあと、机上に開いた資料を閉じた。 「本日は、お時間いただき、ありがとうございました。センター側の意見も局へと伝えておきます」  座ったまま頭を下げた。とにかく下手に出た。一ノ瀬の忠告を守ったのだ。そんな一司に田辺は上から目線で物申してくる。 「予算の件も再度確認しておいて下さいね。結局下りませんでしたじゃ話にならないですしね……」 「その点はご心配なく。では失礼致します」  いちいち気に障るが、反応するだけ時間の無駄だ。早くここを出よう。鞄を手に席を立った一司だったが……。 「さあ、大槻さん! 行きましょう」  牧野のほうが早かった。彼女は帰ろうとする一司の腕を強く掴んだ。 「いや、帰ります。局での仕事もありますので」  この流れはまずい。即答して腕を大きく引いたが、手は離れない。 「大丈夫よ。一ノ瀬さんには連絡入れてあるから!」 「えっ……ちょっと、牧野さん⁉」  勝手な事をするなと抗議の目を送ったが、牧野はお構いなした。一司の引っ張り、広場へと連行した。
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