複雑な素直

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「何だよ、嘘だったのかよ」 「そんなわけあるか! 元レギュラーの力を見て腰抜かすなよ。しっかり基礎から叩き込んでやる。ついて来い!」  そこまで言うのなら徹底的にやってやる。闘争心に火が点いた。一司は自ら広場の中央へと向かった。子供たちが喜び声を上げて後ろからついてくる。  人数は一司を入れて八名。四対四に分かれてのチーム戦は怜の掛け声とともにはじまった。 「よしっ、怜……そのまま蹴れ! もっと足首意識しろ!」  ボールを蹴り始めてから三十分。  同じチームとなった怜に一司は指示を飛ばした。ゴールが迫るなか、怜は言われた通りに足を振った。蹴りを受けたボールは、鋭利なカーブを描きならネットへと勢いよくヒットした。 「やった!」  見事決まったゴールに怜はガッツポーズをした。何度もジャンプして、喜びを全身で表現した。 「上手いじゃねぇか。お前素質あるぜ!」  一司はそんな怜の背をポンと叩いて褒めた。 「へへっ、オッサンのおかげだよ。よーし、続きだ!」 「だから、オッサンじゃねぇよ!」  再びボールを追いかける怜の背中に向かって吼えたが、不思議と腹は立たなかった。今の感謝は悪くない。自然と笑みを溢し走り出した一司だったが、頭上からの水滴に足を止めた。 (雨だ……)  とうとう降り始めたようだ。  空を見上げた途端、雨は土砂降りとなり激しい雷鳴が轟いた。身体は一気にずぶ濡れとなった。集中豪雨だ。施設のほうから牧野の声が聞こえる。早く入ってと大声を上げていた。子供たちが走り出す。一司もそれに続いて駆け出したが、ここで気がついた。 (……無い?)  足が止まった。ネクタイに留めていたはずのタイピンが無くなっていたのだ。
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