複雑な素直

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「……二人ともドロドロじゃない。一体、何をしていたの⁉」  施設に戻った一司と怜に、牧野は驚き声を上げては表情を険しくした。温和な彼女にしては珍しい表情だ。一司は事情を説明した上で、謝りを入れようとしたが……。 「ごめんなさい。雨が楽しくてつい遊んじゃった!」  怜が先に言葉を発したのだ。 「いや、そうじゃなくて……」  事実と異なる。理由を明かそうと一司は口を開いた。 「とにかく怜くんは今すぐお風呂に入ってきなさい。大槻さんはこっちへ来て」  声は遮られた。怜は職員に連れられてその場を去った。一司も従った。 「……すみません」  前を歩く牧野へと詫びた。歩みを止めた彼女がゆっくりと振り返った。 「何があったの?」  優しく問われた。どうやら怒ってはいないようだ。 「……怜は、俺が落としたネクタイピンを一緒に探してくれていたんです」 「……やっぱりそういう事だったの」  納得したのだろう。牧野は小さく頷いた。しかも、怜の嘘を見抜いていたようだ。どうしてわかったのだろう。一司は首を微かに傾げた。 「何年、この仕事してると思ってるのよ。子供のことなんて、全部お見通しよ」  目尻を下げた彼女は続ける。 「多分ね、怜くんは自分のせいで、大槻さんが怒られるって思ったんじゃないかしら?」 「……どういうことですか?」  意味がわからない。一司は答えを求めた。 「大槻さんが子供である自分に『雨の中探させたって』なるかもしれないでしょう? それが嫌だったのよ。怜くんらしいわ……」  怜なりに一司を庇ったということだ。 (なんだよそれ……)  子供のくせに、どうしてそこまで気を使う必要がある。同時に怜の優しさを知った。人を想う気持ちを彼はちゃんと持っている。一司は何も言えなくなってしまった。
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