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(いや、これでいい……)
律した。癖になってはいけない。神谷の存在に気持ちを持っていかれてはいけない。生活の一部にしてはいけない。そう言いかせても、毎日、彼の事が頭を過る。一司の心をあたたかく蝕んでくる。
「くそっ……いい加減に鬱陶しい!」
ぐしゃぐしゃと片手で髪を掻き回した。早いこと、関係を切ってしまえばよかった。女々しいのにもほどがある。少しでもこの思考をクリアにしたい。一司は今夜の行先を決めた。
(あんまり飲めねぇだろうけど……)
『idea』だ。
あそこなら乱された感情も、ネクタイピンのことも考えずに済む。体調はあまり優れないが、この疲弊しきった精神を休ませることが重要だ。
一司は席を立ち大きな紙袋を手にした。この中には泥だらけになった衣服と靴を入れてあった。処分するか、それともクリーニングの二択だ。
「面倒だな……」
溜息と一緒に呟いてから、一司は消灯ボタンを押しフロアをあとにした。
廊下はまだ灯りが点いていた。ゆったりとした足取りで進むなか、窓へと視線を流した。
「酷い格好だな……」
映った姿に一司は思わず立ち止まって小さく吹き出した。本当にこれが大槻一司かと疑いたくなるほど、酷かった。
髪は乱れ、疲れからか瞳は少し虚ろだ。ジャージ姿というのも笑える。以前の自分なら、考えもつかない姿だ。
見栄張りで、人の目や評価を気にして生きてきた。身形からして完璧を求めてきた。
髪は常に綺麗にセットし、仕立てのいいスーツを着用した。人前での振る舞いにも気を使ってきた。権力や地位を欲するが故の、浅はかな生き方だ。結局、中身は空っぽだったのだ。
今、思えば自分らしく生きていなかったのかもしれない。だからこそ余計に神谷が眩しく見えた。彼の過去を聞いてから、その輝きは増すばかりだ。
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