複雑な素直

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 同性愛者であることを一切恥じずに、真っ直ぐ前を見る神谷は堂々としていた。  自信を持って生き、人にどう見られようが、どう思われようが構わない。確固たる信念は怖いくらいに綺麗だった。一司には直視出来なかった。あまりにも生き方が違い過ぎるからだ。  自覚はしていた。離婚するまでの自分がいかに馬鹿で惨めで、滑稽だったということは。  だが、人間とは悲しい生き物で、そう簡単に己に見つめきれない。嫌な部分から目を逸らしてしまう。だから、強がってしまう。文句を言ってしまう。人の善意に甘えてしまう。  一司は、それを全て神谷にぶつけている。どんなに醜い心も、歪んだ性格も、捻くれた本質も、彼は笑って受け止めてくれるからだ。そこに居心地のよさを感じているのだ。関係を続ける理由はそこだが、これが恋愛感情なのかと言われたらわからない。 「……あ~止めだ、止め」  このままだと頭の中がショートしてしまう。一司は考えることを放棄した――。 「……大槻さん、その恰好、どうしたんですか? ははっ」  扉を開いて現れた一司にマスターの笑い声が飛んだ。 「うるせー笑うな。トラブルでこうなったんだよ」  言い返しながら店内を確認した。今夜は珍しくも客入りが少ないようだ。安息を求めるのにはちょうどいい。一司は定位置である真ん中の席を避けて、一番奥のカウンター席を選んだ。 「珍しいですね。今夜はそちらですか?」 「隅がいいんだよ。マスターちょっと体調悪いから、それに合わせて何か作ってくれ」  注文は任せたと机の上に腕を置いて突っ伏した。 「そんな状態で飲みに来て、大丈夫ですか?」  心配は無用だ。一司は言葉の変わりに片手を小さく上げた。
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