複雑な素直

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「それじゃあ、サラトガクーラーでもお作りしますね」  マスターが選んだのはノンアルコールカクテルだ。爽やかな味わいを楽しめる。少しでも度数が欲しいところだが、一司は彼の気遣いを受け取り、顔を伏せたまま「それでいい」と返した。 (最悪だ、こんな気分……)  振り切っても神谷の存在が追い掛けて来る。厄介だ。嫌気が差した。今まで誰も、本気で好きになったことがない一司にとっては未知の感情だ。  結婚も人生成功の道に選んだ一つのコマに過ぎなかった。同性同士だと尚更わからない。ストレートの一司が理解出来ないのは当然だ。 (……そういえば、一哉も元々は男が好きじゃなかったはずだ)  今更ながらに気付いた。  彼の恋人は今まで全員女性だった。しかし、最終的に選んだのは同じ男性の橘結人だ。リスクや差別、偏見すらも全て承知の上で、人生のパートナーになったのだ。そこに存在するのは性別を越えた愛なのだろう。  追い詰められたあの夜。一哉は堂々と告白した。橘結人の全てにどうしようもなく惚れてしまった……と。 (わからねぇ……)  同性を愛することに躊躇はなかったのか。一哉本人に問い質したいところだが出来るはずもない。そんなこと聞いた日には一司のプライドは木っ端微塵だ。 (これも全部、神谷のせいだ……)  あの男に出会ってから、何もかも変わってしまった。煩わしさに瞳を強く閉じたところで、グラスがトンと置かれた。 「……お待たせ致しました」  声に促されて目線だけを送ると、マスターがニコリと微笑んだ。一司はゆっくりと身を起こしてグラスを手にした。ジンジャエールにライムとシュガーを加えたサラトガクーラーは、一口飲むだけでスッキリとした。 熱っぽい身体に程好い酸味がいい。偶にはノンアルコールも悪くないと味わっていたところで、マスターからの視線を感じた。
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