複雑な素直

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*** 「――神谷店長、お疲れ様でした」 「お疲れ様。また明日」  車が多く行き交う駅前の交差点で神谷は後輩と別れた。 (遅くなっちゃったわね……)  その場でスマートフォンを開くと、二十三時半を過ぎていた。店を閉めた後のミーティング長引いてしまったのだ。セールが近い繁忙期だ。来月にはファッションイベントも控えている。これから暫く、遅い帰宅が続くだろう。それは必然的に一司と会える時間が少なくなることを意味していた。 (かずちゃん、もう寝たかしら?)  端末をジャケットにしまったあと、神谷は街路樹が並ぶ通りを進んだ。  本当なら今すぐにでも一司呼びつけたいころだが、やめておいた。彼も彼で忙しい日々だ。 (それにしても……あたしも好き者よねぇ)  微笑んだ。まさかあの、大槻一司に惚れ込むとは思いもしなかったと印象的な出会いを思い返した。  ホテルのエレベーターホールで初めて一司を見た感想はこうだ。『残念な男前』。  親友でもある橘結人の恋人は、誰もが認める最上の男、大槻一哉だ。その兄でもある一司も見た目だけでは引けを取らない。しかし中身は最低最悪。鬼畜とも言える性格の持ち主だった。  痛い目に遭えばいいと思った通り、一司は制裁を食らった。もう二度と会うことはないだろう。一司の存在を忘れかけた頃、偶然にも『idea』で再会したのだ。久し振りに見た彼は酷く消沈していた。憎たらしいことに変わりはないが、どん底に落ちても強がる姿が神谷には可愛く見えたのだ。
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