複雑な素直

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(ああ、会いたいわ……)  想えば想うほど焦がれる。明日なら会えるだろうか。ふと夜空を見上げたところで、ポケットに収めたスマートフォンが震えた。電話のようだ。こんな時間に誰だと徐に取り出したが、表示された名前に瞠目した。  一司からの着信だったのだ。珍しい。いや、彼からの電話ははじめてだ。胸が高鳴った。 「……かずちゃん、どうしたのっ⁉」  声が聞けるだけでも嬉しい。興奮のままに通話ボタンを押したが、返ってきた声に気分は急降下した。 『神谷さんでよろしかったでしょうか? 私、バー『idea』の……』 「……何であんたが、かずちゃんの電話からかけてきてんだよ」  苛立つとともに口調が変わった。  このマスターは一司のことを好いているからだ。ひと目でわかった。あの涼しい瞳は一司をいつも情熱的に見つめている。だが、当の一司はマスターの恋心に全く気付いていない。鈍感にもほどがある。だから、気をつけろと釘を刺してきたのだ。それなのに、この状況は何だ。マスターが一司の電話を使う理由がどこにある。神谷は眉間に皺を刻んだが……。   『すみません、実は大槻さんが……』 「――え?」  事情を聞いた途端、逆立った感情は失せた。  一司が倒れたというのだ。店に来た時から体調が悪く、熱があるとの事だった。意識が朦朧とするなか、一司は神谷の名前を口にしたという。そこでマスターが連絡を寄越したというわけだ。電話を切るや否や、神谷は駆け出した。目的地はもちろん『idea』だ。都会の喧騒の中を、全速力で走った。一刻も早く、一司に会いたかった。
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