複雑な素直

18/24
前へ
/267ページ
次へ
 バーに到着したのはそれから二十分後だった。  閉店まであと三十分。店内にはまだ客が残っていたが、カウンターにマスターの姿は見えない。代わりに若い男が接客していた。アルバイトスタッフだろう。彼は神谷を見るなり、事務所にどうぞと促した。そこに一司がいるのだろう。神谷は礼を告げると店の奥へと足を進めた。 『STAFF ONLY』と書かれたプレートを確認し扉を押すと、コンクリート打ちっぱなしの空間が広がった。狭いながらもシンプルな内装で広さを演出してあった。壁際にはソファがあった。その上に一司はぐったりとした様子で寝込んでいた。傍には簡易式のパイプ椅子に腰かけるマスターの姿もあった。 「っ……かずちゃん!」  慌てて駆け寄った。 「神谷さん、来ていただきありがとうございます」  マスターが立ち上がる。 「一体どうしたの⁉」  瞳と閉じる一司の額に手をあてた。熱い。頬も赤い。高熱にうなされているのか、呼吸も荒かった。 「来店した時から調子は悪そうだったんですけど……」 「調子悪い人間に酒飲ませたのか!?」  食ってかかるように非難した。荒ぶった感情が口調を変えさせた。 「いえ、提供したのはノンアルコールですから……」  マスターはゆっくりと首を左右に振った。 「そうだったの……ごめんなさい」  彼の性格上、おそらく間違えた判断はしない。早とちりしたことを神谷は素直に謝罪した。 「帰り、どうします? タクシーでも手配しましょうか。大槻さん、色々あったみたいで家には帰りたくない様子でしたけど……」  何もかもわかっているような口振りに神谷は片眉を跳ね上げた。  実際そうだ。一司も彼には気を許している部分がある。神谷もそれを知りながらも、バーへと足を運ぶ一司を止めはしなかった。縛る権利がないからだ。とはいっても、二人の仲が深まるのはいただけない。 (……面白くねぇ)  唇を強く結んだ。隠しきれない嫉妬に気付いたのだろう。マスターが言った。
/267ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1530人が本棚に入れています
本棚に追加