複雑な素直

19/24
前へ
/267ページ
次へ
「最近の大槻さんは、恋する乙女のように溜息ばかりついていて……いつもあなたの話ばかりしていますよ」 「え……あたしの?」  胸が鳴った。それが本当ならどんなに嬉しいだろうか。疑いを持つ神谷にマスターはコクリと頷いた。 「前回、あなたが迎えにきた時も鯖の味噌煮が絶品だって褒めていましたよ。かなり酔っていましたから、同じ話を何回もしていました」 「そうだったの……」  初耳だ。込み上げる愛しさのまま、神谷は一司の髪を撫でた。 「……今日の大槻さんはいつもと様子が違いました」 「様子が違う?」  体調不良とはまた違うようだ。神谷はマスターへと向き直った。 「まあ、原因はひとつでしょうけど……」  彼は全てお見通しのように笑って見せた。余裕すら漂っている。神谷は劣等感を覚えた。やはり年齢には適わないということだろう。二十代の自分にはないものを彼は持っている。神谷は黙した。その『原因』を話せと言わんばかりに、マスターへと険しい視線を送った。 「大槻さんは鈍感ですから、自分の気持ちには、なかなか気付かないでしょうね……もちろん相手の気持ちさえも」  返ってきたのは、明確な答えではなかった。 「……マスター、さっきから何が言いたいんだよ?」  挑戦的な態度が気に食わない。 「いや、何かを言いたいわけではなくて……。実は、大槻さんが恋に関する感情を色々聞いてきまして、その流れで私の好きな人の話になりました」 「なっ……」  思わずマスターに詰め寄った。  彼は淡々と語り続ける。 「聞かれたからには私もアピールしてみたんです。自分の好きな人は口も性格も悪いけど、可愛いところがある。そのギャップが、またいい……と。もちろん、大槻さんには伝わりませんでしたけど」 「あんたな……何を勝手なことしてくれてんだよ」  一司自身が気付かなくても、これはもう立派な告白だ。神谷は睨みを効かせた。
/267ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1530人が本棚に入れています
本棚に追加