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「もしもーし、パパお疲れ様です」
「ごめんね、ゆっくりしてたよね。ちょっと遅くなっちゃって」
「大丈夫だよ、今テレビ観てたところ。ほら」
そう言ってカメラの向きを切り替えると、妻の好きなバラエティ番組が映し出された。いつもならリビングで一緒に観ている番組を、今日は別々の場所で観ている。
「どう? 不自由ない?」
「ない、全くと言っていいほどない。ここに住みたいくらい」
妻は声高に笑ってカメラをまた自分側に切り替え、広々としたダブルベッドを左右に転がりながら快適さをアピールしている。
「うちの両親も邪魔じゃないか? 何かあれば言っておくけど」
「全然ないよ、逆に気を遣いすぎてるくらいかもしれない。初日しか来てないもん。うちの両親がグイグイ来すぎてるから。もし連絡してくれるなら、毎日来てもいいですよ、て伝えておいて?」
「多分、本当毎日行くと思うけど……」
「いいよいいよ、しばらくゆっくり見れないだろうから。明日にでも来てもらって大丈夫だから」
「わかった、あとで伝えておくよ」
妻は笑って頷いた。手土産はいらないからね、と付け加えて。そうしてベッドから降りると、すぐ横の小さなベッドに近寄った。
「さっきまでは起きてたんだけど、寝ちゃったんだよね。ちょっと待っててね」
妻はカメラを切り替えると、ふふっと笑う声が聞こえた。俺もその声を聞いて頬が緩んだ。
「パパーお帰りなさーい。寝ちゃっててごめんね」
「ただいま。今日もたくさんミルク飲んだかな?」
俺は携帯画面を指で撫でた。愛おしい愛娘の頬を、何度も何度も撫でた。しわくちゃでお猿さんのようだけれど、何者にも変え難い、唯一無二の愛おしい存在だ。
妻は親指と人差し指でそっと娘の手を取り、左右に振る。
「そんなに触って起きないか? 大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。起きたら起きただよ」
大雑把でおおらかな妻は何も気にしない様子で、娘の手を取りひらひらと振る。
「早くパパとママに会いたくて、予定より早く会いに来ちゃった。パパいないの寂しいよー早く帰ってきてー」
「——パパも早く会いたいよ」
娘は予定日より一週間ほど早く産まれて来た。元々出張の予定が入っていたため、妻が産気づいたと連絡が来たのは出張先でのことだった。
陣痛で苦しんでいる時もそばに居られず、出産にも立ち会えなかったにも関わらず、妻は出産という大仕事を終えた後でも俺を労ってくれた。
「パパがお仕事頑張ってるから、わたしも子供も生活できるんだよ。パパありがとうね。1番に抱っこさせてあげられなくてごめんね、て赤ちゃんも言ってるよ」
俺はその言葉を聞いて、自分の不甲斐なさと妻の優しさに1人ホテルで泣いた。妻と義両親には笑われ、両親には恥ずかしいから泣くなと叱られた。
「明後日には帰るから、それまで待っててね」
「そうしたらもう退院ですよー」
「病院に迎えに行くから、そうしたらパパに抱っこさせてね」
気持ち良さそうに眠る娘へ、画面越しにキスをする。妻には内緒の口付けだ。
もちろん帰ったら妻を抱きしめ、キスをしよう。そして何度でも伝えよう。
ありがとう。お疲れ様。大好きだよ。と。
「早く会いたいな」
「お仕事、頑張ってきてね」
「明後日、朝一で迎えに行けるように頑張ってくるわ」
明日からまた頑張ろう。妻と娘のために。
3人の幸せな日々のために。
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