居眠りショパン

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 朝日に輝く東京のビル群。その足元では、既に(せわ)しない活動の音が溢れている。今朝は快晴の空が広がり、一段と秋の色が濃くなった。蒸し暑さに息苦しかった空気はからりと乾いて、音が遠くまで気持ちよく響いていく。 「Tato, pospiesz się.」(パパ、急いで)  長い黒髪を鏡の前で梳きながら、波音(ハノン)は同じく髪をセットしている丸眼鏡の父を尻で押す。 「待って待って。まだ終わってないよ」  入念に髪をチェックする小山内(おさない)氏もまた、押し退けられないように踏ん張った。  ダイニングからは朝食の香りが漂ってきている。皿にはスクランブルエッグとソーセージ。それにポテトと小麦粉で作った『プラツキ(Placki)』というポーランドのパンケーキ。  ポーランド人の母手製のそれにサワークリームを塗って頬張る父と娘の一挙一動、ぴったり揃っている。  小山内一家が日本に居を移して1ヶ月。ピアニストの父が音大の講師として招かれ、一年間の契約を結んだためだった。 「せめて野外コンサートの後だったら良かったのに」  波音は頬を膨らませてスマホの画面を睨み、呟いた。波音と同じく、ワルシャワのフレデリック・ショパン音楽大学に通う友人のエヴェリナのインスタには、先月末の日曜にワジェンキ公園で催された【ピアノ野外コンサート】の様子がアップロードされている。
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