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「……優利!」
たまらなくなって名前を呼ぶと、二人揃って楽屋入口までやってきた。
「おう、お疲れ。お前も……」
そこから、いつものような話が始まる。
このまま夜公演が始まらないでいたらいいのに。
そう思ってたら、黙ったままだった紗姫ちゃんがふと優利の腕を掴んで引っ張った。
自分の中で、嫌なものがうずいた。
掴まれた腕に誘導されるように優利が数歩横にずれると、後ろの廊下を人が会釈して通っていった。
でも理由がわかったところで、気分は晴れない。
椅子にかけたマフラーを思い出す。
「あ、そうだ、あれ――」
ありがとう、と言おうとした時、今度は優利の肩に誰かの手が乗せられた。
「来てくれたな、中島くん」
劇団の主宰・演出の三ノ宮さんが自信に満ちた表情で優利の顔をのぞき込んでいた。
言葉を止めた。さすがに、彼の邪魔はできない。
「どうだ? 一緒に演じてみたくなっただろ?」
「あ、もちろんです。皆さん……」
優利の注意もすっかりそっちに持っていかれた。
俺は何もできず、肩に乗せられたままの手をじっと見た。
嫌だ。
どうして、JINさんも澤木幸人も紗姫ちゃんもあなたも。
俺が詰められない距離を、こうも簡単に……
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