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プロローグ
クッキーより甘苦しいおかしなんてない。食べれば口がぱさぱさしちゃうもの。そんなクッキーを彼は好きだって言った。
昼休みには、秘密に持ってきたおかしを頬ばるんだ。あたし達はそうやって、秘密を共有して友達ごっこをする。秘密って蜜なる響き。漫画に、携帯に、おかしに、人の陰口。いろんな友達のカギを持って、「ともだち」をする。お話するのは、つまらない物事でいい。次の授業の先生の話。ちょっとあの先生癖ありすぎ、なんてね。そしてちらっとクラスの端の席を見る。
半年前にからっぽになったそこを。
教室の空気は一変するどころかそのまんまで。からっぽになったなら、代替品を見つけて、空いた席に座らせるだけ。教壇の前にいるのはいつもいじられているあの子で、いじっているのはあの子。廊下で黄色い声をだしてダイエット自慢をしている子もいるし、楽し気にグラウンドへサッカーをしに行く子もいる。携帯をいじってツイッターやインスタ、ティックトックなんかに動画を上げてる子もいる。一人で教室の外へ出ていく子もいるし、一人で寝ている子もいる。
クッキーを頬ばる。
これがあたしと彼との証。目を合わせて、本当の秘密を共有する。誰にも見せない彼の傷を私だけは知ってるんだ。
大好きだよ、クッキーが。甘く苦しく、すかすかしたこの感触が。息がつまりそうなこの世界が。クッキーみたいで。本当、大好き。
だから突然呼ばれたときにはびっくりした。
だって半年だ。どれだけ前だと思ってんだ。もうみんな代替品を見つけて、当てはめて、慣れてしまっている。妙になれなれしい、ぎこちない人間関係の時期はもう終わったんだよ。
それなのに、今さら大人たちがやってくる。
なんでもいいから、最近のことを話して、とカウンセラーと名のる大人と、偉そうな大学の教授が一人。あたしの言葉を録音する。上っ面の言葉がつらつらと。こんなんでいいのならいくらでも垂れ流してあげる。客観的、なんてうさんくさい言葉であたし達を判断すればいい。
そんな大人達が来て三回目。
「今日は、××さんの、いえ、あの半年前のことを話してほしいんです」
やっと踏み込んでくれた。
「つらければ大丈夫です。無理はしないでください。あくまでわたしたちの目的はあの時のことを知ることです。あなたを傷つけるのは目的ではありません。あの時何があったのか。
どうして××さんが自ら命をたったのか。
わたし達は××さんのような子どもを減らしたいんです。そのために、話してもらいたいと思っています」
あたしは、その人達の真剣なまなざしを覗く。熱っぽくもなければ、あたしに感情移入をしているわけでもない、落ち着いた冷ややかな瞳を向けているのに、目の奥で青く光る炎が垣間見えている。
それは好奇心から? それとも本当に、××みたいな子を減らしたいとでも思ってるの?
あたしは口を開く。
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